『あしたあなたあいたい』

演劇集団キャラメルボックス
原作:梶尾真治クロノス・ジョウンターの伝説
脚本・演出:成井豊+隈部政則
出演:大内厚雄、温井摩耶、坂口理恵、三浦剛、畑中智行、大木初枝、岡内美喜子、安部祐介、西川浩幸
於:新宿 シアターアプル
観劇日時:2006/04/18 21:00



「僕は必ず、君に会いにくる」
「こんな気持ちになったのは初めてなの」
「二度と圭には関わらないで」
「これで、借りは返しましたからね」
「僕の推理によれば、」
「会いたいんでしょう、お姉ちゃんに?」
「お願いします。わたしにクロノス・ジョウンターを使わせてください」
「僕は反対です!人間の過去への射出は危険すぎる」
「もう二度とお母さんには会えないかも知れないんですよ?」


物質を過去へと射出することができる装置、クロノス・ジョウンター。
だが、最大の欠点は過去に射出されたものが、反動で現在を通り越し遠い未来へと弾き飛ばされてしまうこと。
1分前に跳んだものは2分先の未来へ。3日前に跳ばしたものは10日先の未来へ。そして、4年前に跳ばされたものは39年先の未来へ。
この欠点のために、クロノス・ジョウンターは商品化の目処が立たず、その開発は中止されるかどうかの瀬戸際に立たされていた。
開発継続のためには、早急に有効な研究成果を挙げる必要がある。
開発チーフの野方は、その実験の為に一人の男に白羽の矢を立てた。
布川輝良。
身よりも無く、友人も殆どいない彼ならば、未来に弾き飛ばされても大きな影響はない、というのがその理由であった。
布川は一瞬考えた後、実験対象となることを承諾する。
ただし、そのためには一つだけ条件があった。
「射出する過去の時刻と座標は僕に指定させてください。今から4年前、2004年12月23日の横浜、朝日楼旅館へ」
憧れの建築家の作品をこの目で見て、写真に収めたい。
それが布川の願いだった。
 
彼の希望は聞き届けられ、布川はクロノス・ジョウンターによって過去へと射出された。
だが、彼は知らなかった。
過去で一人の女性と出会い、彼の運命が大きく変わることを。

昨年末の『クロノス』に続く、「クロノス・ジョウンターの伝説」を元にした作品。
原作でいうところの「布川輝良の軌跡」を舞台化したもの。
原作に収められている三篇のうち、実はこの「布川輝良の軌跡」が一番好きな話。
それだけに舞台化された時にその魅力が変わってしまわないか、ちょっと心配だったのだが、すっきりとまとまっていて好感が持てた。
原作自体が短編なので、今回のハーフタイムシアターという形態にあっていたのかも知れない。
この話を2時間の本公演でやるなら、『クロノス』のように設定の追加やエピソードの挿入が必要になるだろうが、それは諸刃の剣になりかねない。
原作ファンとしては、この形でやってもらって良かったと思う。
 
 
(以降ネタバレ)
 
キャラメル版「クロノス・ジョウンター(以下CJ)」3部作ならではの仕掛けがうまいな、と思った。
原作ではそれぞれの話は、もちろんCJやその開発者野方などでつながっている。
が、今回はそれに輪をかけて、いろいろなところにリンクを張って、より3つの作品世界を密接に重ね合わせていた。
この『あしたあなたあいたい』の場合は、ヒロイン枢月圭のバイト先が『クロノス』のヒロイン蕗来美子の勤める花屋だったり、圭がP・フレックに赴くのもその来美子の協力を得てのことだったり。
別の作品に登場する同じ人物を同じ役者が演じることで、作品により深みを持たせると同時に、同じ劇団で連作を上演する場合の頭数の問題をうまくクリアしていた。
 
ストーリーに関しては、メインの部分は原作にほぼ忠実。
ラストの、圭がCJの欠点を逆手にとって“過去へ助走をつけて狙い通りの未来へ跳ぶ”アイディアは秀逸。これぞ真のハッピーエンド。
ただ、パーソナル・ボグについての説明や描写があっさりしすぎていたり、狙い通りの未来へ圭を跳ばすために野方が慎重に慎重を重ねて計算するくだりが割愛されていたのは、ちょっと残念。
布川があれだけ情熱を傾けた朝日楼旅館も、実際には舞台上には現れなかった(そこはご想像にお任せしますという演出だった)。まぁ現実問題として、朝日楼旅館自体をセットとして出す意味はあまりないので、それはそれでいいのだが。
大幅な変更は圭の家族が登場していたこと。
原作では一人暮らしの貧乏イラストレーターの卵だった圭の家は、喫茶店「アルトヴィーン」になり、母親と妹との3人暮らしという設定に(父親は既に亡くなっている)。
体調を崩した布川と彼を拾った圭とが、彼女の家のコタツで暖をとるという、なんとなく“神田川”な雰囲気はなくなっていた。あの二人だけの空気が好きだったので、その点もちょっと残念だったかも。
でもそのおかげで、圭の母親佳江役の坂口理恵さんの芝居が見られたので結果オーライかな。
坂口さんと、野方役の西川浩幸さんの芝居が好きなのです。やっぱり上手い。
 
あと、今回は終演時間が22時と遅かったせいか、いつもよりカーテンコールがあっさりと終わって良かった(笑)