『ミス・ダンデライオン』

演劇集団キャラメルボックス
原作:梶尾真治クロノス・ジョウンターの伝説
脚本・演出:成井豊+隈部政則
出演:岡田さつき、岡田達也、細見大輔、前田綾、青山千洋、阿部丈二、小林千恵、小多田直樹、西川浩幸
於:新宿 シアターアプル
観劇日時:2006/04/18 19:00



「未来は誰にも分からないの」
「その子はこう言った。『一昨日は兎を見たわ。昨日は鹿。そして今日は、あなた』」
「ま、僕の人生の恩人ってとこかな」
「わたし、眉毛の濃い人ってタイプなんです」
「あなたはお医者様です。それもベテランの」
「しぇんしぇいは、昔僕がおしぇわになった人によく似てるんですよ」
「あたし、ひー兄ちゃんに『たんぽぽ娘』の結末を聞いてないんです。だから会わなくちゃ!」
「もう一度走りたいんだ」
「最後まで聞かなくても分かります。クロノスに乗せるわけにはいきません」


チャナ症候群。
治療法が確立していない難病。発症した場合、その致死率は95%以上。
だが先日、ついにその特効薬が開発された。
 
クロノス・ジョウンター。
P・フレックで開発された、物質を過去へ射出する装置。
一度過去へ跳ぶとその反動で元の時間よりも遥か未来へと弾き飛ばされるという欠点のために、開発中止の憂き目にあったこの装置は、しかし開発者である野方の手によって改良を重ねられ、今や最大20年前の過去への射出が可能となった。
 
この2つの事実を知ったとき、医師鈴谷樹里は、一つの決心を固める。
チャナ症候群の特効薬を携え、19年前へと跳ぶ。
11歳の自分にいつも優しく接してくれたひー兄ちゃんの命を救うために。

キャラメルボックス・タイムトラベルシアターvol.3と題した作品(ちなみにvol.2は昨年末に上演された『クロノス』)。
この『ミス・ダンデライオン』は原作「クロノス・ジョウンターの伝説」に収められた三篇のうち、「鈴谷樹里の軌跡」を元に舞台化されたもの。
上演時間1時間のハーフタイムシアターとして、もう一つの『あしたあなたあいたい』との二本立て。
 
構成上、樹里役の岡田さつきさんの芝居、という感じになっていた。
この人、常に舞台上にいた印象がある。
それで成立させている求心力はすごい。
 
 
(以降ネタバレ)
 
正直、この作品に関しては1時間では若干辛いかな、という印象。
たぶんあと30分、90分作品としてならちょうどいい感じになったかも知れない。
時間がないもんだから、進行・場転・状況説明はほとんど樹里の独白で済まされ、題名にもなっている、ひー兄ちゃんが樹里に語って聞かせたSF小説たんぽぽ娘」も結構肝心なところがはしょられていた。その省略された部分にこそ、樹里≒「たんぽぽ娘」という暗喩が示される箇所なのだが。
自分は原作読んでるからいいけれど、未読でいきなりこの芝居を見ても、なぜ樹里が「ミス・ダンデライオン」なのか分からないんじゃなかろうか?
 
主人公の鈴谷樹里が、前作『クロノス』で吹原や来美子が入院していた病院の医師という設定は、前作を観た人にとってはちょっと嬉しい仕掛けだった。
もう一つの『あしたあなたあいたい』にも、同様のちょっとしたリンクが張ってあって、3つ観てるとちょっと得した気分になれる。
 
原作には登場しない人物も何人か。
葉山は、ひー兄ちゃんと同じチャナ症候群に苦しめられ、特効薬によって救われる。樹里がひー兄ちゃんと死に別れた後もチャナ症候群と戦っていることを示し、そして特効薬の効果を自分の目で確かめるという重要な部分を担っていた。
樹里に師事する研修医の北田は、最終的に野方の奥さんになっていた。この3部作全てに登場する唯一の人物でありながら、なかなか恋愛運に恵まれなかった感のある野方も、北田の存在によって幸せになれたようだ。良かった良かった。
ちなみにこの北田役の前田綾さんは、前作『クロノス』では吹原の同僚(名前は失念)役をやってましたが、その時からのファン。面白い、というか目を引かれる芝居をするのだ、この方。まぁ、今回は北田よりももう一つの役、吉澤夫人の方が突っ走っていたが(笑)
 
小説と舞台という表現方法の違いについて。
シアターアプルの距離では、腕時計に近い形のパーソナル・ボグの画面なんて見えるわけないので当然科白での説明になる。
クライマックスの、アンプルや注射器の中の薬が未来に弾き跳ばされて減っていく描写も、科白でしか説明できないので、小説を読んでいるときほどの緊張感はなかった(もちろん、結末を知っているからという部分も大きいだろうけど)。
こういうミクロな視点での描写は、やっぱり舞台では難しいのかもしれない。