『つの隠し』

空間ゼリー
作:坪田文
演出:深寅芥
出演:本多加奈、桜井ふみ、斎藤ナツ子、徳田奈緒、下山夏子、石井舞、竹内春紗、河野真衣、粕川順央、小美濃愛、佐藤けいこ、千葉伸吾、大竹甲一、澤田慎司
於:池袋シアターグリーン小劇場
観劇日時:2006/03/06 19:00


「傾いてる!この家、傾いてるよ!」
「あなた、鬼を飼ってらっしゃる。そうとう大きくなってますぞ」
「よく考えなさい。角を出して鬼になるのか、角を隠してお嫁に行くのか」
「お母さんはね、角を隠しきれなかったのよ」
 
  
父親が急逝した河嶋家。
夫からの虐待をただ黙って耐え忍び続けていた妻、加奈子。
母と同じく父親からの虐待を受けた経験から、周囲を先んじて攻撃することで身を守る生き方を選んだ長女、紫(ゆかり)。
大学教授としての人格者たる父の姿と、甘んじて暴力を受け続けていた(ように見えた)母の姿を見て育ったために、自らも母と同じ生き方を恋人に強いろうとする次女、円(まどか)。
父親の暴力から愛する母親を救いたいと願うものの、それがかなわぬ自らの未熟さ・力の無さに対する失望を上辺の明るさで糊塗し隠そうとする三女、瞠(みはる)。
母と三姉妹に暗い影を落としていた父親が死に、残された家族がようやく再生への歩みを始めるかと思ったその矢先、彼女たちは思い知らされる。
この家がとっくの昔に傾き、歪み、壊れてしまっていたことを。
 
 
話に救いがなくても、どんなに後味が悪くても、面白い芝居はある。
この『つの隠し』という作品が、一つの好例だ。
 
暗転なし場転なしの一幕ものという構成で、表面上淡々と進んでいく物語。
だが時折垣間見える、それぞれの人物が秘めたどろどろとしたモノの片鱗に、漠然とした不安と興味を掻き立てられ、目が離せなくなっていく。
幾度かの息の詰まるような沈黙を伴う対立、その後にふと訪れる明るい明日への期待。
が、そこでふと気を緩めた瞬間に見せつけられたのは、目の前の舞台が音を立てて崩壊していく様。
今まで危ういバランスでなんとか保っていたものが、あっけなく砕ける──精緻なガラス細工を誤って床に落とし割ってしまったような、何か大事なものを取り返しがつかない形で失ってしまったような哀しい不安定な気持ちだけが後に残される。
 
見終わった後にこんな心持ちになった芝居があったかな?
少なくともここ数年の記憶には、ない。
それだけでも貴重な経験だったと思う。
 
気になったのは、登場人物の多さ。
中核となる河嶋家の4人、葬儀屋、次女の友人や婚約者、親戚の親子、その親戚がはまっている宗教団体関係者、そして父親の浮気相手、と実に13人。
それぞれがそれぞれのエピソードを持っているのだが、その数が多すぎてあまり深いところまで描けていなかった感じがする。
もう少し整理して、その分がっつり掘り下げたなら、もっと興味深い舞台になったんじゃなかろうか。
同じく、役者の中にも表面的な演技に終始してしまった印象のある人もちらほら。
魅力的な役者さんが多いと感じただけに、惜しまれる。
 
あとは、前の人の頭に邪魔されて、舞台のツラ側の低いところでの芝居が見えなかったのと、空調の温度が低すぎて若干集中力が途切れてしまったのが残念。
まぁ、これはグリーン小劇場の構造上の問題とも言えるのだけれど。
 
なんにしても、かなり気になる劇団に出会ったのは確か。
次回公演は8月予定とのこと。
……本番間近だなぁ。観にいけるといいけど。